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当初事務局に詰められる里親を二名目標としていたが無料ボランティアーということもあって確保がむずかしかったが一応二、三名の協力が得られた。事務局開設から約一年半はなんとかやり繰りをしていたが里親に里子が委託されることなどの理由で詰められなくなったり、あるいは事務局業務を始めてみると意外に仕事量が多いことなどで、専従的な事務局員が必要であるとの事務局詰めの里親らの意見からこの件について役員会で検討された。週三回−月、水、金、朝一〇時から夕方四時−ならば予算的にも可能であるとのことで平成七年五月から専従的な事務局員が詰めるようになった。
事務局が開設されて児相時代との大きな違いは里親会として会自身の意志で活動できることが多くなったことである。取り組んだ活動項目等については後述する。
(三)札幌市里親会と道里連との関係
北海道ブロックにおける全里連に対する両者の関係は図3で示すように、札幌市が政令市になる以前と以後とで札幌市里親会の立場が変わったことである。北海道の里親会活動に多大の貢献があった笹村貞雄氏(故人)が道里連と札幌市里親会両方の会長の職にあったため混乱がなかった。氏が亡く
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